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2011年9月1日木曜日

グリーンカードのための健康診断

出産前に無事移民局のインタビューを終え、発行待ちのグリーンカードなんですがね。
インタビューの前に、指定のお医者さんで、健康診断を受けなきゃいけないんですよ。

アメリカの永住権を取得するってことは、アメリカの医療などの社会保障を受けられる人間になるわけで、アメリカとしても、最初から大きな病気を持っている人には発行したくないわけで。

この健康診断、私の場合、一つ問題がありました。

検査を受ける段階ですでに妊娠していたので、検査項目に入っているレントゲン検査が受けられない。
理由を明記して、インタビュー後、GC発行前にレントゲンだけ再度受ければ良いと弁護士さんには言われたのですが、健康診断をしてくれた韓国系の怪しいお医者さんが、面倒なのかなんなのか、無理矢理レントゲンを取ろうとしてきまして。
すでに妊娠3ヶ月を過ぎてるから赤ちゃんへの影響はほとんどないからいいとかなんとか言ってたのですが、私としては、少しでも影響あるかもしれないから絶対嫌だ、と押し問答。

そこへ、受付の韓国人のおばちゃんがやってきて、妊娠した女性というのは色んな心配事があって、周りからいくら大丈夫と言われても不安になるものだから、彼女に無理をさせてはいけない、と先生を説得してくれて、なんとか、レントゲンなしで健康診断書をゲットして、移民局のインタビューとなりました。

後々話を聞くと、おばちゃんの娘さんも妊娠中で、なんと私と同じ年、さらに予定日も一週間違いだったのです。娘さんと私がなんとなく似てるらしく、他人事とは思えず助けてくれたそうな。

こちらに暮らしてると、ありえん〜!と憤ることも多いけど、たまにこういう親切な人との良い出会いがあるのはうれしいです。韓国人のおばちゃんヒーロー!


とゆわけで、本日のお店は韓国焼き肉。
韓国焼き肉大好きなんだよね。

この小皿も好き。

次、いつ行けるかなあ。そろそろ禁断症状。。。


このお店は、イーストベイの日本人にはおそらく一番人気の韓国焼き肉屋で、いつも混んでます。でも、何人かの韓国人の友達に聞いたところ「本場の味と違うから他のお店の方がずっといい」らしく。外国人向けの味なのかな?

Ohgane Korean Restaurant
3915 Broadway
Oakland, CA, 94611

2011年4月9日土曜日

グリーンカードインタビュー終わる

この前の火曜日、サンフランシスコのUSCISにてグリーンカードインタビューが無事終わり、あとは発行を待つだけになりました。

今までのビザの経緯はこちら⇒
ビザ話①
ビザ話②
ビザ話③
ビザ話④
ビザ話⑤


去年の12月ぐらいの日記で、ちょっと想定外のことが起こってばたばたですって書いたのは、グリーンカードからみでして。
その頃の日記はこちら

不況のおかげでグリーンカードの順番待ちが早くなったという記事を書いたのですが、その後なんと、一気に発行しすぎたせいか、また1月から順番待ちが長くなるとか発表がありまして!

で、12月中に残りの書類を出せば、ぎりぎり順番待ちに入れるとのことで、あわてて色んな書類を準備していた12月でした。
しかも弁護士さんに「12月20日からはクリスマスホリデーに入ってその後年明けまでお休みだから早く準備して」とせかされ、ほんともうばったばたでした。

書類は無事受理されたみたいで、インタビューもびくびくしていた割には大したことも聞かれず。

グリーンカード自体の発行はちょっと先になってしまうのですが、こちらで働けるEADカードと、アメリカ国外に出ても戻ってこられるTravel Documentが無事発行され、一安心。

で、自分のパターンとして、忙しいことが終わるとほっとして、たいてい熱を出すという。

今回もインタビューが終わった夜、あぶないかな〜と思ったら、次の日熱が出て、さらに喘息も併発して、なぜかアレルギーが出て目が腫れているという悲しい感じ。

ま、色々落ち着いたのでゆっくりするしかないですね。

近所の中華マーケットRanch99のフローズンヨーグルト。

ヨーグルト見えないし。

2010年11月12日金曜日

グリーンカード順番待ち

キターーーーー!
http://travel.state.gov/visa/bulletin/bulletin_5197.html
2Aカテゴリー、2010年8月以前にアプリケーションを出した人のプロセス開始ですよ〜!

というわけで、しばらくアメリカから出られなくなります。

年末のもつ鍋はおあずけ。。

モツってアメリカで買えないかな。


最近、雨が降ったと思ったら急に真夏のような日差しになったり、変な気候のベイエリア。

寒い時はキムチうどんに限ります。

2010年10月27日水曜日

ビザのお話④:ビザ問題のゆくえ

さてある日のこと。
弁護士さんから連絡をもらいました。

「グリーンカードの処理がすごい勢いで進んでる。すでに今年の4月に申し込みした人の処理に入ってる。だからあなたのグリーンカードも来年には発行されるのでは」

ほえ?んなわけないでしょ。ここ10年以上、ずっと同じ状況だったんだから。

お願いしているシアトルの弁護士さん、今までのやりとりを通してあまり信用できなくなっており、また変なこと言い出したよこの人、と深く考えない。

でもちょっと気になって、USCIS(US Citizenship and Immigration Services)のホームページを見てみた。
ん?なぜだか発行までの時間が6ヶ月になっている。今までは5年だったのに。
USCISに電話してみると、「いつ頃発行されるかはtravel state governmentのホームページを見てくれ」と言われて、アドレスを教えられる。

サイトからたどったファイルをみてみると、何年何月に、いつ申し込まれたアプリケーションを処理してますよ〜という情報が確認できます。
http://www.travel.state.gov/pdf/Cut-off_Dates_worldwide_online.pdf
私は配偶者によるGCなのでF2Aというカテゴリー。それを見てみると。。

あれ、確かに、今月10月は今年の4月に申し込んだ人を処理しておる。
過去の月を見てみると、今年の1月の時点でやっとこさ2006年の1月に申し込んだ人がプロセスされている。去年の10月にいたっては2004年に申し込んだ人。
今年の5月頃から急に処理が加速されているのは間違いないみたい。

これが今月だけだったらプリントミスで片付けられるけど、数ヶ月続いておる。
これに従うと、年内には私のアプリケーションがプロセスされる?

本当かいな?
という感想が正直。

だって今まで一度もこんな状況見た事ないし、5年かかってやっと取りましたって話ししか聞いたことなかったし。


色々記事をあさると、アメリカ大不況のせいで、グリーンカードを放棄して自分の国に帰った人が多く、特に家族として申し込んでてなかなか順番が来ないから諦めて帰った人が去年だけで一万人以上。
そんなわけで、一気に順番が回ってくることになったのでした。


あまりに突然の状況変化で、びっくりどうしようって感じだったのですが、冷静に考えれば、もうビザの心配をしないで良い、ドラクエ好きなだけやっても良い、という、とても嬉しい状況になったことがわかり、一気に気持ちが緩みました。


もちろんまだ発行手続きに入っていないので、それまでは自力でビザ保持の必要があり、学校をちゃんと終わらせてOPT期間に入る必要があります。なのであと1〜2ヶ月は気が抜けない感じですが。



今まではGC申請中で下りるのは5年後というと、「どっかあればいいですけどね〜」「やっぱりビザ持ちの人優先ですからね〜」と完全に上から目線だった就職エージェントが、急にお仕事を次々と紹介してくるようになりました。


エ:「サンノゼで非常に良いお仕事が。。」
Machi:「遠いので無理です」
エ:「サンタクララのお仕事が。。」
Machi:「遠いので無理です」
エ:「バーリンゲームのお仕事が。。」
Machi:「いや、もう今はいいです」
エ:「じゃあ家から通えるサンフランシスコで探しますので!」
Machi:「。。。」


労働ビザがあるってだけでのこの態度の急変ぶり。。。
とりあえず、ビザ問題が解決するなら、慌てて仕事を探す必要もないので、一旦全てのエージェントと連絡を絶つことにしました。
彼らもお仕事で紹介業をしている以上、仕方のない変化ではあるのですが。。

来年の2月のOPTから無理してフルタイムで働き続けないでも、GC下りるまでのつなぎとしてボランティア程度でしのごうかな、とか、気分はしばらくお休みしたいモードになっております。

2010年10月22日金曜日

ビザのお話③:状況は難し

さてさて。
GCカード申請中というのがどれだけ微妙な状態かよく理解し、その中でできる最善の方法として、学校(F1)→OPT(F1)→就職(H1B)を目標とすることにしたのでした。

で、今年の1月から学校に通い始めてから、色んなエージェントに連絡を取って、お仕事探してもらいました。

よくわかったのが、「日本語がしゃべれる」っていうのは、ここベイエリアではかなり大きなアドバンテージだということ。日系企業も多いし、日系企業を対象にした会計事務所とかシステム会社とか、数はかなり多いです。
そういう企業をあたっていけば、日本人であってもビザサポートをしてくれる企業が少しはあるかも、という希望が出て来ました。


ところが。


そういった日系企業のほとんどが、San JoseやSanta Claraなどのサウスベイなんですよね。
私が住んでいるBerkeleyはイーストベイ。

「ベイエリア」と一言で言っても、イーストベイのBerkeleyからサウスベイのSan Joseまでは、高速使って混んでない場合で片道約一時間。

朝晩の渋滞なんて考えると、毎日通勤はかなりしんどい。。

ごまは、「南にお仕事が決まるならもう少し南に引っ越してもいいよ」と言ってくれましたが、そうすると今度はごまの通勤が大変になる。

そもそも私がごまと結婚してこの地に住むことを決めたのも「ごまのお仕事を支えたい!」って気持ちからであったわけで、それなのに私のせいでごまの仕事の負担になるなら、本末転倒じゃないか?!

学校行ったりCPAの勉強したりお金だけかかるわりに、還元する方向は全然見えない

私がこの地にいる意味は。。

帰った方がいいのかも。。

という負のスパイラルに陥ることも度々。



でもまあ性格的にどうしても「何かを諦める」ことが苦手で、辛いながらも「でも頑張ればなんとかなるかも」と心のすみで思ったまま、学校は最終学期に入り、そろそろ来年のOPT期間で働く企業を決める時がやってきたのでした。


と、ここで大事件!


続く。

2010年10月19日火曜日

ビザのお話②:さてどうするか

というわけで、昨年7月、これから自力でアメリカに5年間滞在しないといけない状況に追いやられました。

で、検討した結果。
一年のコースに通ってそこからOPT(お試しで一年働ける)を取って、ビザサポートしてくれる企業を頑張って探しましょう、ということになりました。

一年のコースとしては、UCBのextensionにあるPost Bachelorというコースなら、TOEFLの点と職歴と簡単なエッセイで入学可能、大学卒業者のみを対象にしているからビザの問題もOK、まだ受付もしてる、ということで、あわててTOEFLを受け、入学申し込みへ。



こうして、ごまとの新婚生活は、フルタイム学生としてスタートしたのでした。



で、私が通っているコースは、現地で働いている人達が夜間に通う学校なのです。
なので、クラスメートのほとんどが職をもっている人。
彼らのスキルを見ていると、ああ、やっぱりシリコンバレーで働くにはこれぐらいのスキルがないとだめなんだなあと、壁を感じる。
ビザサポートされてる外国人と話すと、景気が良かった数年前では、割と気軽にH1-Bサポートしてくれる会社もあったけど、かなりの人が首を切られて自国に帰らされたし、ビザサポートはしないと決めた企業も多いそう。


そりゃそうだよねえ。。


しかも万が一ビザサポートされたとしてもその後私は働き続けなくちゃいけないわけで、日本に気軽に帰ることもできなくなるし、子供なんて絶対考えちゃいけないわけだし、、。。


と、悶々としながら学校生活を送り、日本で結婚式があったり、友達が遊びにきてくれたり、楽しいことも沢山ありながら、ビザの状況は相変わらずなまま時間が過ぎていきました。



この状況、なかなかに辛く、ごまに「無理だ〜!!」と愚痴を言うも、「俺だって苦労してアメリカで頑張ってきたんだから頑張れ」と、身もフタもないお返事。
ま、そうなんだけどさ。。。



あともう一点補足すると、J1という、期間限定で働けるビザがあるのですが、そのビザは私の場合はNG。なぜならJ1はインターンビザとも呼ばれる非移民ビザのため、グリーンカード申請中の人間が取ろうとすると、移民の意志なしと見なされ、グリーンカードの申請を却下されます。。。



今回の件で、無駄にビザに詳しくなっていったMachiでした。


続く。

2010年10月18日月曜日

ビザのお話①:こんな状況でした

ビザのお話①

私のビザはF-1。

なぜかというと、夫がアメリカ人でなくグリーンカードを保持している場合は、奥さんにグリーンカードが下りるのは約5年かかり、グリーンカードがおりるまでは、自力でビザを調達しないと、そもそもアメリカにいられません。
なので、私は一番簡単な方法として、学校に通うことでF-1&I-20を調達することにしました。

この約5年というのは、アメリカ人以外の家族向けの年間のグリーンカード発行数が決まっており、順番待ちがあるから。
ちなみに、夫がアメリカ人の場合は発行数の上限がないため、1年でほぼ誰でも取れます。

ごまは日本人ですが、私と会うちょっと前にグリーンカードを申請して、私と結婚するちょっと前にグリーンカードがおりました。
もし、私と結婚した後に一緒にグリーンカードを申請していたら、二人ともすぐにおりていたので、タイミングとしては、最悪でした。

同じケースの多くの日本人夫婦は、奥さんのグリーンカードがおりるまで奥さんは日本に住んで5年間離ればなれで暮らすのを選択するようです。たまに、奥さんが頑張ってアメリカの学校に5年間通い続けたというケースも。でもお金もかかるし奥さんは他に何もできなくなるし非常に生活が大変だったようです。



これってひどくないですかい?


H1BやF1やL1の場合は、少なくても奥さんが滞在できるビザはおりるのに、GCの場合は滞在すらできないなんて。


ごまと結婚することが決まった後、最初にこれを知った時は、二人して、本当に落ち込みました。

カリフォルニアに引っ越してのんびり〜と好きなことをして生活しようと思い描いていた生活は全部白紙。
5年間、どうやってビザを保持するか、それを第一に生活を組み立てなくてはいけなくなりました。


弁護士さんと相談すると以下のことが判明。
まずF-1と言っても、語学学校はNG、日本で大学を卒業しているため今からコミカレに通い出すのもNG。
大学院か博士課程に入るか、どこかの企業に就職してH1-Bを取りなさいと言われました。

そりゃ。。ビザ的にはそうなんだけど、そんな簡単に言わないでよって感じですよね。
こちらの大学院〜博士課程に申し込むには、出身大学の教授などの推薦状3通にTOEFL&GREのスコア、さらにエッセイ数本が必要。みなさん、一年前ぐらいから準備をされて申し込むもので、行きたきゃ行けるってそんな簡単なものじゃない。
アメリカの大学や大学院を出た人でも、H1-B取りたくて取れないで帰っていった人がいかに多いことか。しかもここ最近の不況でH1-B発行数が激減していて、そもそも外国人にビザを出してまで雇いたい企業なんてそんな簡単に見つかりません。


これがわかったのは去年の7月頃でした。

続く。